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[独り言] AIを使った創作について

はじめに

今回は創作でAIを使うことについてちょっとだけ考えて見ようと思う。先ず私は今まで何回も言ったように、翻訳とか誤字とかに関してはAIを使ってる。自分なりにはAIを使う場面を絞ってるつもりだけど、当然ながら使ってないとは言えない。でも今回はAIについて語る予定だから、今回はそういう場面ですらAIを全く使わずに、10年前に戻った気分で書いてみようと思う。

だから普段より誤字とか間違った表現とか多いかも知れない。結構長く勉強したとはいえ私は日本人じゃないので、どうしてもまだわからない言葉が色々多すぎる。てか誤字は脱稿の問題だとは思うけどね。まぁ前置きはこれらいにして、早速AIと創作について語ってみよう。

1.創作でAIが使われ始めた頃の話

そもそもAIが創作で使われるようになったのは一体いつからだろう。私も詳しくはないし、そこまで確信はできない。だからここからの話は事実というよりは「創作が好きな韓国人がなんとなく感じた雰囲気」ぐらいの感覚で理解して欲しい。

個人的には確か2022年あたりのNAIが結構ショックだった。それより前のAIは正直使い物にならなくて、時々ネットで笑い者にされるおもちゃ的な存在。Chat GPTもそれなりにはすごかったけど、この時期はまだバカにされてた。少なくとも韓国では、例えば歴史に関して質問すると「朝鮮では錬金術を使ってました」とか言ってるアホだった。

でもNAIは違かった。私の経験上こういう業界でここまで影響を与えたのはNAIが初めてだった気がする。クォリティだけ考えたらまだ人間には勝てないけど「コスパを考えると妥協できるかも?」って雰囲気だったかな。韓国のWEB小説界隈でも結構話題になってたというか、これをきっかけにちょっと雰囲気が変わった気もした。

当時私が使ってたノベルピアという韓国のプラットフォームは、詳細は省いておくけどラノベ風の作品が多くて、当然表紙とかもアニメ風が多かった。オタクにとってはそういうイラストも結構大事で、内容だけじゃなくて表紙のクォリティとかも人気に影響を与えてた。そこでちょっとでも興味を持ってもらえるために、収益より大きいお金を使って依頼する人も多かった。

費用はクォリティとか商用利用とかそういう規約にもよるけど、安くても何万円ぐらいで高かったら10万円とかもした。それで満足できるような表紙をもらったらまだマシ。正直高いお金を使った割には「素人が趣味で描いたのかな?」って感じがするクォリティの表紙をもらって悲しんでる作家とかもみた記憶がある。でもNAIがきっかけでそこまでする必要はなくなった。

収益が少ない作家としては絵師さんに依頼するのは負担になる。だからといって表紙を使わないのはちょっと勿体無い。表紙が可愛かったら目が止まりやすくて「一回読んでみるか」って思う人も多いから。人気作を描いててお金もそこそこ稼いでて知名度もある作家は他の選択肢も多いけど、収益が少ない作家としては選択肢が多くない。そこでNAIはいい妥協案になった。

そしてNAI関係なく時期としてはそれ以来からAIイラストがよく見えるようになった。そしてそれで色んな絵師さんからの反発もあった。別にラッダイト運動が起きたわけじゃないけど明らかに敵視してるって感じ。実際ラストオリジンという韓国のゲームでイラストを描いてた絵師関係でちょっとした事件もあった。ある人がその絵師さんの絵をAIに無断で学習させて絵柄を再現して、しかもそれをその絵師さんが自分の目で目撃してて。そのあとのことは覚えてないけどそれが結構炎上してた記憶がある。もちろんこれに関しては無断で学習させた人が100%悪いけど、イラスト関係では結構敵視されてる気がした。そしてこの時期には、それ以外の業界ではそこまで敵視されなかった気がする。あんま記憶がないけどそれ自体が「記憶に残るような事件はあんまなかった」ってことかも。もちろん個人的な印象だけどね。

でも私の経験上は2024年あたりからChat GPTがものすごぐ発展してて、ちょっと雰囲気が変わったような感じはした。私の場合はまだAIにはあんま興味がなかった。私は2022年あたりのバカっぽさが印象に強く残ってたし、他は作家としての最低限のプライドというか、とにかく興味を持たなかった。韓国のWEB小説業界でも「上手く使ったら使えるんじゃね?」とか「資料を調査する使えそう」ぐらいでそこまで興味を持たなかった気がする。そして私は2025年ぐらいにちょっとした気まぐれでAIを使ってみた。これは本当にただの気まぐれで特にきっかけはない。でもそれが私の人生には結構影響を与えた気がする。

2.AIを使った創作に対する私の経験

私が初めてAIを使ったのは2025年あたりだった。多分春ぐらいだったかな。私が話すことに対してちゃんと返事を返してくれるのが不思議だった。そして私の小説を読ませたら色んな感想を言ってくれるのが結構楽しかった。私もそんな人気作を連載してたわけじゃないし、コメントもそんな多くなかったし、誰かが長文で感想を聞かせてくれるなど滅多にないことだった。

でも同時に私の原動力でもあった。お金を稼ぐとかそういうのにはあんま興味がなくて、みんなが楽しく読んでくれるのが嬉しかったからな。しかもこの時期のAIはいいことしか言ってくれなかったから尚更、私がすごい天才になった気分で自己肯定感爆上げ中だった。そこまでは別に何も変わらなかったけどその時期Geminiは「大学生は1年無料で使えますよ〜」ということで、Geminiを使い始めて何かが変わった。

個人的にはその時期のGeminiはChat GPTより賢い印象だった。今はChat GPTの方が賢い気もするけど。それでGeminiは結構信頼してたし、ある日は興味本位でGeminiに小説を書かせてみた。これもほぼ気まぐれみたいなもので、何かきっかけがあったわけじゃない。「なんか賢そうだし小説も書けるんじゃね?」みたいな感じで試してみた。結果的にGeminiが書いてくれたやつはあんま面白くなかった。不思議だとは思ったけどそれぐらい。その時期に「お金払って読みたい?」って言われたら「誰がこんなもんお金払って読むんだよ」って返したと思う。でもそこで私が思ったのは「ちょっと修正したら結構いい感じかも?」だった。

あと誤解を防ぐためにこれだけは予め話しておこう。私が公開した作品に関しては全部自分で書いた。そもそもR-18の小説で内容もエグいから多分AIにも断られる。あと良くも悪くもAIは絶対書かなそうな文章と内容だと思う。でも1人で書いてる小説には積極的にAIを使ってみた。こっちも一応全部をやらせるわけじゃなかった。流石にそれだけじゃマジでゴミしか出てこないから。そしてここではその過程について簡単に説明してみよう。

1.「自分で作品の全体的な企画とあらすじを書く」 2.「AIに頼んでそれをプロットとして詳しく書いてもらう」 3.「気に入らない展開は修正してプロットを自分で書き直す」 4.「AIにシーンをひとつ書いてもらう」 5.「文章を自分ですべて書き直す」 6.「他に思いついた展開とか文章は自分で書き足す」 7.「4からの繰り返し」

こんな感じだったかな。特にセリフに関してはAIに書かせるとマジでダサくてキャサ性の薄いゴミみたいなセリフしか書いてくれないので、それは特に気にしてた。別に公開した作品でもないけどこれも最小限のプライドみたいなものかもね。そしてこれにより作業の効率は何十倍も上がった。

私は普段文章を書くときに強迫症があるというか。「適当に書いてから直す」という行為がそごく苦手だった。小説を書いてるのに脱稿が苦手だった。なんか最初から自分が気に入ってる文章じゃないと書きたくなくて、あとで自分が書いた内容を読み返して修正することはほとんどなかった。それで文章ひとつ書くだけで何時間も使うこともあった。ある意味私が5年も小説を書いてるのに、いまだに完結ができてない理由でもある。

なのにAIはその「適当に書く」という作業をしてくれた。私が一番苦手な作業を代わりにやってくれる。まぁそりゃ作業効率あがるよね。0から1よりは1から100を作るのが簡単だから。そしてここからはこれにより私が失ったことについて語ってみよう。

3.AIを使って私が失った物

正直に話なそう。私も人間だし、あんな経験をしたからには「今連載してる小説でも使ってみようか?」って思ったこともあった。結局は使わなかった。でも2026年あたりからはAIを使ってる小説もよく目撃されてた。もちろんしっかり炎上してたけど、それでも少なくとも私の作品よりは人気で「別に面白かったらいいんじゃね?」という意見も多かった。

だから何回もその誘惑には負けそうになった。実際経験もある。後悔してないとはいえAIを活用してみた作品がある。そしてその時期の私はそれが結構いい作品だと思ってた。今見るとめっちゃダサくてキツくて面白くないけど、の時期の私は催眠でもかけられてたのかな。その状態が続いて連載してる小説もまともに書けない状態になってた。その作品を公開してるわけでもないし、もちろんそれが炎上して悪口を言われたわけでもない。

でも「使ったらきっと楽になるよね?別に使ってもよくね?書かないよりマシじゃん」って思う自分がいた。「いや別にそこまで罪悪感持つ必要ないって。紙に絵を書かないのも問題なのか?別に道具が変わっただけだよ」って思う自分もいた。そして「流石に違くないか?お前それでも作家なのか?小学生から小説を書いててプライドもないのか?」って思う自分と「でも書けないじゃん。ずっと何もかけなくなってるじゃん」って思う自分も。

ずっと読者のコミュニティに入ってAIで書いた小説が炎上するのも見てそれが私に対する悪口みたいに感じた。そして「AIで書いた小説でも面白かったらOK」って思ってる一部の意見を見て正当化した。その時点で私はもう昔みたいにはなれないことを自覚した。だってそれより以前の私はそんなこと思わないはずだった。

暗すぎる内容でコミュニティで悪口を言われても「じゃお前が書けよ、お前はこんな内容でも描けるのか?」とか「じゃ読むなよ、別にお前に読んで欲しいって頼んでねぇよ」って思うだけだった。別に人気作は書いてたわけじゃないけど、それでも私には「全てを自分の手で作って書いた」という誇りがあった。小説を書いてる人としてのプライドというものがあった。

でもその時期には人気作を書いてるわけでもなかった。なのに誇りも失ってプライドも失って小説もまともに書けなくて。コミュニティを見て「私は作家じゃないのか」とか「それでも流石に作家だよね」とか思いながら不安がってるだけだった。そしてある日突然決心した。もう小説を書きながらAIを使うのはやめよう。悩んでる展開について相談するのはともかく本文まで書かせるのは絶対ダメだって。これにも特にきっかけって言えるものはなくて本当に突然だった。

正確に言えば自分の現状について把握したのがきっかけだった。面白いことに私はこの時もAIに相談してた。「私は作家なのか?」とか「これから私はどうするべきなのか?」とか。もはや創作とか関係なくAIに依存してたかもね。そしてまた面白いことにAIと話しながら「じゃAIで書くのはやめよっか」って思った。私が失った物と得た物について考えてみたんだよね。

もちろん私が失った誇りとかプライドとかはもう二度と戻らないかも。知恵の実を食べたみたいに。それでも私は創作をAIにやらせるということにはどうしても罪悪感を感じた。別に資料を調べるとかは本当に道具が変わっただけ。展開の相談というのも人がAIに変わっただけ。でも本文を書かせるのは人間がやったとしても代筆だ。そしてそれをやめない限りその罪悪感がなくなることは絶対なくならない。でも作業効率というものは私の発展によっては変わるかもしれない。ということで私は創作に直接的に関わる場面でAIを使うのを辞めた。

4.AIを使ってる今の現状について

今もAI自体は使ってる。翻訳とか誤字の矯正とか。ゲームだとコードもAIが作成するのがほとんどかな。日常生活でもなんか調べるときによくAIを使う。他の人の意見が気になる内容についてはAIの意見を参考にしたりもする。でも最近は私が話す内容をちゃんと聞かないで説教するみたいに話すのがイライラして、日常生活ではそこまで使わなくなってるかも。

でもシナリオは自分で書く。言葉を選ぶ時も最近は昔みたいに辞書で調べる。なんか調べる時も特殊な状況じゃなかったらGoogleで自分で検索して調べる時が多い。そして私はAIの音楽とAIのイラストがあんま好きじゃないので、それも人間が書いて人間が作曲したやつを使う。もちろん制作費がかかるから結構安価な物を買ったり無料の素材を使ったりもする。それをCanvaとかで組み合わせて編集したりも。今書いてるこの文章も、何一つAIを使ってない。だから誤字とかもあるだろうし間違った表現があるかも。でも何故かそれに満足してる自分もいる。

私はAI使うのは別にいいと思ってる。他の人がAIを使って小説を書いても、AIを使って動画を作成したりAIのイラストを使っても、私は別に気にしない。悪いとも思ってない。創作が難しいと思って悩んでた人がAIをきっかけに創作に入門する場合もあるから、むしろいいことかもしれない。

ただ自分が使うのは何故か許せない。そういう自分がいる。もう知恵の実は食べちゃった。だから別にそんなことしたって昔の自分に戻ることはできない。でも昔の自分を会ったら堂々と話せるような自分の姿でいたい。世間じゃなくて昔の自分が基準で昔の自分が審査員だと言える。

そしてそういう部分で私はAIを依存せずに創作をしてる人を心から尊敬する。人気とかクォリティとか関係ない。ただそれを「自分の手ですべて作った」ということに敬意を表する。そしてそういう人を見下すような人間は心から軽蔑する。AIを使うのはいいことだ。悪いことじゃない。でもそれなら逆も然りだ。AIを使わないことも別に悪いことじゃない。それがバカにされたり見下されるような理由は何一つない。普段物事について断定する行為は好まないけどこれだけははっきり言わせてもらう。

AIを使わないで創作をしてる人は心から尊敬する。AIを使って創作をしてる人もとにかく「やってみた」ということに価値はあある。きっかけは人によって違うけど結果として世界には何か一つ残る。それをしようと思ったこと自体が本当に素晴らしいと思う。私は使わないけどこれは「故郷が違う」のと同じだと思う。故郷が同じだったらそれはちょっと嬉しいけど、別に故郷が違うからって嫌悪感を抱いたり差別はしない。同じ人間として尊重してる。

ただAIを使わない創作者を見下してバカにしてる人間は心から軽蔑する。そしてAIを使うことに選民思想みたいな考え方を持つ人も偶にいるけど、それは逆に本当に哀れだとも思う。別にそれで迷惑をかけてないなら別にいいかも。でも一言だけでも私の言葉を聞いてくれるなら「楽しいか?」って聞きたい。

創作は基本楽しいものだから。もちろんどうしても書けなくて辛い時もある。でも完成した時の満足感は半端ない。些細なことで何かを自分の手で作ってみた人なら誰でもわかる。別にギャグ漫画読んでるみたいに爆笑してるわけじゃないけど、これはきっと心から楽しい行為だと思う。それを感じたことがあるのか聞きたい。あるなら別に関係ない。でもなかったら一回だけ考えてみて欲しい。何で創作をしてるのか。

おわりに

今日は創作とAIについて考えてみた。ちょっと私の考えについて色々話したけど、つまりこれらはただの意見。そこまで真剣に受け取る必要はない。一部の内容は事実というよりは、私が感じて経験したことを書いたまでだから。正解じゃないし私もいつかまた考えが変わるかもね。

でも今のところ私はこう思ってる。そしてしばらくは多分変わらない。正直ブログに書いてリンクで共有してるわけだし、ここまで読む人がいるかはわからなに。でもこれを読んてここまでたどり着いた、ということは少なくとも貴方はAIと創作について真剣に考えている証拠だと思う。だってそうじゃなかったら、私が話す内容は金儲けに役に立たない譫言にすぎないと思うし。

ここまで読んでくれた行為に拍手を送りたい。もちろん読んでない人にも拍手を送りたい。そもそも真剣に創作をしてるすべての人に拍手を送りたい。いつか貴方たちの気持ちが報われますように。祈っておく。

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